この記事の結論
結論から言えば、個人事業主は事業承継・M&A補助金の対象です。本補助金の申請者は「中小企業者等」であり、その定義は中小企業基本法第2条に準拠します。
個人事業主は事業承継・M&A補助金の対象になる
結論から言えば、個人事業主は事業承継・M&A補助金の対象です。本補助金の申請者は「中小企業者等」であり、その定義は中小企業基本法第2条に準拠します。同法の中小企業者には個人事業主が含まれるため、法人を持たない事業者でも申請の入口には立てます。
ただし、実際の要件は法人と個人事業主で書き分けられています。とくに16次公募(令和7年度補正予算)の事業承継促進枠では、承継の形そのものが異なる前提で条文が作られており、法人向けの解説記事をそのまま読むと判断を誤ります。本記事は個人事業主の視点だけで要件を並べ直したものです。
個人事業主が最初に押さえる3点
- 事業承継促進枠で対象になるのは「事業譲渡」の形(被承継者が廃業し、承継者が開業する)
- 被承継者と承継予定者の共同申請が必須(法人の場合は原則として被承継者を補助対象者として申請)
- 公募申請時点で開業届の提出から5年が経過していること
一方で、対象外の主体もはっきり決まっています。みなし大企業・みなし同一法人(親会社が議決権の50%超を持つ子会社等)に加え、社会福祉法人・医療法人・一般社団法人・一般財団法人・学校法人・農事組合法人・組合等の法人格、そして法人格のない任意団体は対象外です。個人事業主は「法人格のない任意団体」ではなく中小企業基本法上の中小企業者にあたるため、この除外には該当しません。
制度全体の骨格は完全ガイド、はじめての方は事業承継・M&A補助金とはもあわせてご覧ください。
どの枠を使うか、個人事業主の立場別に整理する
事業承継・M&A補助金には4つの枠があり、個人事業主がどの枠を使うかは「誰に、どうやって引き継ぐのか」で決まります。
| 状況 | 使う枠 | 個人事業主としての論点 |
| 子や配偶者など親族に引き継ぐ | 事業承継促進枠 | 事業譲渡の形になる。共同申請が必須 |
| 長年働いてくれた従業員に引き継ぐ | 事業承継促進枠 | 承継予定者は継続3年以上の雇用経験が必要 |
| 後継者がおらず第三者に譲り渡す | 専門家活用枠(売り手支援類型または小規模売り手支援類型) | 事業承継促進枠は対象外。登録M&A支援機関の利用が経費計上の前提 |
| 他の事業者から事業を譲り受ける | 専門家活用枠(買い手支援類型) | DDの実施が実質必須。自社実施ではDD費用を計上できない |
| 譲り受けた後の統合作業に費用がかかる | PMI推進枠 | グループ内再編・親族間の事業承継は対象外 |
| M&Aで譲り渡せず、廃業して再挑戦する | 廃業・再チャレンジ枠(再チャレンジ申請) | 個人事業主が単独申請の対象として明記されている |
見落とされやすいのが3行目です。事業承継促進枠はM&Aによる第三者承継を対象としていません。親族内承継・従業員承継(事業再生を伴うものを含む)が対象であり、第三者へ譲り渡す場合は専門家活用枠の管轄になります。個人事業主で「後継者がいないから誰かに買ってもらいたい」という相談は、入口から枠が変わります。
枠の比較は4つの枠の違い、第三者へ譲り渡す場合は売り手側の使い方にまとめています。
事業承継促進枠の個人事業主向け要件
親族や従業員に引き継ぐ場合に使う事業承継促進枠について、個人事業主に適用される要件を整理します。
| 要件 | 個人事業主の場合の内容 |
| 承継の時期 | 5年以内に親族内承継・従業員承継等を予定していること |
| 事業の継続年数 | 公募申請時点で開業届の提出から5年が経過していること(法人は3期分の決算・申告完了) |
| 承継予定者の要件 | 被承継者に継続して3年以上雇用され業務に従事した経験がある者、または被承継者の親族であって対象事業の代表経験が無い者 |
| 承継の形 | 事業譲渡(被承継者の廃業と承継者の開業) |
| 移転するもの | 経営権と所有権(事業用資産等)の両方が被承継者から承継者へ移ること |
| 申請単位 | 被承継者と承継予定者の共同申請が必須 |
| 事業承継対象期間 | 公募申請受付終了日から5年後まで(16次公募は2026年11月6日から2031年11月5日まで)に承継を完了する蓋然性が高いこと |
| 第三者による確認 | 認定経営革新等支援機関による確認書が必要 |
| 生産性向上要件 | 補助事業期間を含む5年間で付加価値額または1人当たり付加価値額の伸び率が年3%以上向上する計画であること(付加価値額=営業利益+人件費+減価償却費) |
「開業届の提出から5年」という要件は、法人の「3期分の決算・申告完了」に対応する、事業実態を確認するためのものです。開業届の控えは申請時に必要になる可能性が高いため、手元に見当たらない場合は早めに所轄税務署で確認してください。
5年計画の数字は5年間問われ続ける
事業承継促進枠は、補助事業完了後5年間(合計6回)の事業化状況報告が義務づけられています。提出は毎事業年度終了後90日以内、証拠書類は報告年度終了後5年間の保存義務があります。申請時に提出した生産性向上の計画は、承継後も毎年確認され続けると考えてください。
枠の全体像は事業承継促進枠の解説、報告義務は事業化状況報告で扱っています。
共同申請という個人事業主固有の手続き
個人事業主の事業承継で最も特徴的なのが共同申請です。法人の事業承継では原則として被承継者を補助対象者として申請しますが、個人事業主の場合は被承継者と承継予定者の両方が申請者になります。
これは制度の都合ではなく、承継の実態から来ています。個人事業主の事業承継は、法的には「一方が廃業し、他方が開業して事業用資産と取引関係を引き継ぐ」という事業譲渡の形をとります。法人のように器が残らないため、譲る側と受ける側の両方が当事者になる必要があるわけです。
| 比較項目 | 法人の事業承継 | 個人事業主の事業承継 |
| 対象となる行為 | 代表者交代(同一法人内) | 事業譲渡(廃業と開業) |
| 申請者 | 原則、被承継者を補助対象者として申請 | 被承継者と承継予定者の共同申請が必須 |
| 事業実態の確認 | 3期分の決算・申告の完了 | 開業届の提出から5年の経過 |
| 承継予定者の経験要件 | 役員として3年以上、または継続3年以上の雇用、または通算3年以上、または被承継者の親族で代表経験が無い者 | 継続3年以上の雇用経験者、または被承継者の親族で代表経験が無い者 |
| 移転するもの | 経営権と所有権(株式・持分等) | 経営権と所有権(事業用資産等) |
| 特例スキーム | ホールディングス承継(一定の要件下で可) | 該当なし |
共同申請になるということは、実務上、次のことを意味します。まず、譲る側と受ける側の意思が申請前に固まっている必要があります。次に、GビズIDプライムアカウントや必要書類の準備を二者で分担して進めることになります。そして、承継が完了しなかった場合の返還リスクも二者で共有します。事業承継促進枠では、事業承継対象期間までに承継の完了が確認できない場合、原則として返還の対象になります。
準備の順番
- 譲る側・受ける側で承継の合意と時期をすり合わせる
- 承継予定者が経験要件(3年以上の雇用または親族かつ代表経験なし)を満たすか確認する
- 開業届の控えと直近の確定申告書を揃える
- GビズIDプライムアカウントを取得する(取得に1〜2週間、混雑時は3週間程度)
- 認定経営革新等支援機関に確認書の発行を依頼する(締切直前は間に合わない場合がある)
もうひとつ、共同申請で見落とされやすいのが承継後の役割分担です。事業承継促進枠は補助事業完了後5年間の事業化状況報告を求めますが、そのころ被承継者はすでに廃業しており、事業を動かしているのは承継者です。報告の実務と証拠書類の保存を誰が担うのかを、申請の段階で決めておかないと、数年後に資料が散逸します。証拠書類は報告年度終了後5年間の保存義務があるため、帳簿・契約書・振込記録の保管場所を承継者側に一本化しておくのが現実的です。
また、承継が予定どおり進まなかった場合の扱いも共有しておく必要があります。事業承継促進枠では、事業承継対象期間(16次公募の場合は2031年11月5日まで)に承継の完了が確認できないときは原則として返還の対象になります。天災など補助事業者の責めに帰することができない理由がある場合は返還を求めないとされていますが、当事者間の事情変更はこれに含まれるとは限りません。承継の時期を前倒しで設計しておくことが、結果的にリスクを下げます。
必要書類は枠別の必要書類、電子申請はJグランツとGビズIDで解説しています。
個人事業主の補助率と上限額、小規模事業者等の判定
個人事業主の多くは小規模事業者等に該当し、その場合は補助率が2/3以内に上がります。小規模事業者等の定義は業種ごとの従業員数で決まります。
| 業種 | 小規模事業者等となる従業員数 |
| 製造業その他 | 20人以下 |
| 商業(卸売業・小売業) | 5人以下 |
| サービス業 | 5人以下 |
| 宿泊業・娯楽業 | 20人以下 |
これを踏まえた事業承継促進枠の補助率・上限額は次のとおりです。
| 区分 | 補助率 | 補助下限額 | 補助上限額 |
| 通常(小規模事業者等以外) | 補助対象経費の1/2以内 | 100万円 | 800万円(賃上げ要件達成で1,000万円) |
| 小規模事業者等 | 補助対象経費の2/3以内 | 100万円 | 800万円(賃上げ要件達成で1,000万円) |
| 廃業・再チャレンジ枠との併用 | 事業費の補助率に従う | ー | 上乗せ300万円 |
ここで個人事業主が注意すべきは補助下限額100万円です。補助率2/3で補助額100万円を得るには、補助対象経費が150万円必要になります。小規模な設備更新だけを想定している場合、下限に届かず申請できないことがあります。
また、800万円超から1,000万円までの部分は補助率が一律1/2以内になります。賃上げ要件は、補助事業完了日を含む事業年度(基準年度)から翌年度にかけて従業員1人当たり給与支給総額の上昇率3%以上を達成し、公募申請時までに全従業員・役員へ表明していることです。未達成の場合は引き上げ額(最大200万円)の返還を求められます。従業員数が少ない個人事業主ほど1人あたりの給与変動が全体に与える影響は大きく、達成・維持の見通しは慎重に立ててください。
金額の全体像は補助率と上限額で整理しています。
個人事業主が対象経費で間違えやすいところ
個人事業主の事業承継では、事業用資産を承継者が買い取る形になることがあります。ここで多い誤解が、その買取代金を補助対象経費にできるという思い込みです。
被承継者へ支払う譲受費用は対象外
事業承継に際して被承継者に支払う譲受費用(土地・資産購入費用等)は、補助対象経費になりません(事業承継促進枠 公募要領9章)。承継そのものの対価ではなく、承継を契機とした取組に要する経費が補助の対象です。
あわせて、全枠共通の対象外もあります。
| 対象外となるもの | 個人事業主が引っかかりやすい場面 |
| 売上原価に相当する経費 | 承継後の仕入や材料費を計上しようとする |
| 交付決定前の契約・発注・支払い | 承継のタイミングに合わせて先に機械を発注してしまう |
| 国の他の補助金・助成金と同一・類似内容で重複する事業 | 同じ設備を他の補助金にも出す |
| 商品在庫等を売却して対価を得る場合の処分費 | 廃業費として在庫処分費を計上したが売却益が出ている |
| ファイナンスリース取引の解約に伴う解約金・違約金 | 廃業費としてリース解約費を計上する際に区別できていない |
| 行政書士以外の者による有償の申請書類作成代行 | 知人のコンサルタントに書類作成を有償で頼む |
最後の行は個人事業主で特に相談が多い論点です。行政書士(行政書士法人を含む)以外の者が有償で申請書類の作成を代行することは行政書士法違反の可能性があり、交付決定後に発覚した場合は取消しの対象とされています。支援を受けること自体が禁じられているわけではありませんが、誰が何をしていくら受け取るのかは書面で整理しておくべきです。
費用の相場感や注意点は申請代行の費用、経費区分の全体像は対象経費をご覧ください。
後継者がいない個人事業主が第三者へ譲り渡す場合
親族にも従業員にも引き継ぎ手がいない場合、選択肢は第三者への譲渡(M&A)か廃業です。第三者へ譲り渡す場合に使えるのは専門家活用枠で、個人事業主のような小規模な売り手には専用の類型が用意されています。
| 類型 | 対象 | 補助率 | 補助下限額 | 補助上限額 | 廃業費の上乗せ |
| 売り手支援類型(通常) | 経営資源を譲り渡す予定の中小企業等 | 1/2または2/3以内 | 50万円 | 600万円(DD費用上乗せで最大800万円) | 300万円 |
| 小規模売り手支援類型 | 小規模事業者等に該当する売り手 | 2/3以内 | なし | 450万円 | 150万円 |
| 買い手支援類型(通常) | 経営資源を譲り受ける予定の中小企業等 | 2/3以内 | 50万円 | 600万円(DD費用上乗せで最大800万円) | 300万円 |
小規模売り手支援類型には補助下限額の設定がありません。事業承継促進枠の下限100万円で諦めた事業者でも、M&Aの仲介手数料が比較的小さい案件であれば申請できる可能性があります。なお、通常の売り手支援類型と小規模売り手支援類型は同一公募回での重複申請ができず、どちらか一方を選ぶことになります。
売り手支援類型の補助率が2/3になるのは、物価高等の影響で営業利益率が直近事業年度またはその前年同時期比で低下している場合、または直近決算期の営業利益もしくは経常利益が赤字の場合です。いずれにも該当しなければ1/2以内になります。
仲介会社は「登録M&A支援機関」かどうかを必ず確認する
委託費のうちFA業務・仲介業務に係る相談料・着手金・中間報酬・成功報酬等は、M&A支援機関登録制度に登録された登録FA・仲介業者が支援したものに限り補助対象になります。未登録業者への支払いは対象外です。相見積りも登録業者である必要があり、相見積りで最低価格を提示していない業者を選んだ場合は補助対象外とされています。
また、専門家契約の締結時期にも規定があります。中間報酬の根拠となる基本合意書の締結や、成功報酬の根拠となる最終契約の締結は、補助事業期間内に、かつ専門家契約の締結後に行われている必要があります。すでに話が進んでいる案件に後から補助金を当てはめようとしても、原則として対象外です。
登録制度の調べ方は登録M&A支援機関とは、手数料の扱いはFA・仲介手数料の扱いで解説しています。
譲り渡せなかった場合の廃業・再チャレンジ枠
廃業・再チャレンジ枠には2つの申請形態があり、そのうち再チャレンジ申請(単独申請)の対象として個人事業主が明記されています。M&Aで事業を譲り渡せなかった中小企業者等の株主・個人事業主が、新たなチャレンジのため既存事業を廃業する場合が対象です。
| 申請形態 | 補助率 | 補助下限額 | 補助上限額 | 個人事業主の留意点 |
| 再チャレンジ申請(単独) | 補助対象経費の2/3以内 | 50万円 | 300万円 | M&Aで譲り渡せなかったことが要件。廃業後の再チャレンジ事業計画と認定支援機関の確認が必要 |
| 併用申請 | 他の補助事業枠の補助率に従う | 50万円 | 300万円 | 主枠への上乗せとして処理され、別申請は不要 |
単独申請の補助下限額については、補助対象経費で75万円未満の申請は受け付けないとされています。補助率2/3をかけて50万円を下回る申請ができないという意味です。
対象経費は、廃業支援費(司法書士への登記申請手続き経費)、在庫廃棄費、解体費、原状回復費、リースの解約費、土壌汚染調査費、移転・移設費の7区分です。個人事業主の場合、店舗や作業場を借りている原状回復費が中心になるケースが多くなります。
なお、廃業費用のみで300万円を申請することはできず、事業費側の申請とセットであることが前提とされています。単独申請の場合も、廃業する対象会社と議決権の過半数を有する支配株主または株主代表による共同申請が求められるなど、法人を前提とした規定が併記されているため、個人事業主として申請する場合は事務局への事前確認が確実です。
詳細は廃業費用と補助金、廃業・再チャレンジ枠で扱っています。
個人事業主が対象外と判断されやすいパターン
事業承継促進枠の公募要領には、実質的な事業承継が行われたとみなされない例が列挙されています。個人事業主に関係が深いものを抜き出します。
| パターン | なぜ対象外になるのか |
| 経営権と所有権のいずれの移転も伴わない交代 | 名義だけの変更は承継とみなされない |
| 物品・不動産等のみを保有する事業の承継(売買を含む) | 事業の承継ではなく資産の移転にあたる |
| フランチャイズ契約またはそれに準ずるもの | 事業の独立した承継とは評価されない |
| 従業員等へののれん分け(またはそれに準ずるもの) | 既存事業の承継ではなく新規の開業に近い |
| 事業実態が無い状態での交代 | 休眠状態の事業は承継の対象と評価されない |
| 開業直後の事業譲渡で、その正当性が確認できない場合 | 補助金取得を目的とした形式的な譲渡を防ぐため |
4行目の「のれん分け」は、個人事業の世界では珍しくない引き継ぎ方です。長年勤めた従業員が独立して同じ看板を掲げる形は、感覚としては承継に近くても、制度上は元の事業の承継とは評価されない可能性があります。承継予定者に既存の事業用資産と取引関係が移転し、被承継者が廃業するという事業譲渡の形をとれているかを、申請前に確認してください。
審査の着眼点は4つ
書面審査は外部有識者で構成される審査委員会が行い、着眼点は【取組の目的・必要性】【取組の実現可能性】【取組の収益性】【取組の継続性】とされています。なお、審査結果や不採択理由についての個別の問い合わせに事務局は一切応じません。1回で通す前提で書類を作る必要があります。
参考までに、本補助金の採択率は現ブランドになってから安定しています。11次公募は申請590件に対し採択359件で60.8%、12次は742件に対し453件で61.0%、13次は481件に対し293件で60.9%、14次は512件に対し311件で60.7%でした。4回連続でおよそ6割という水準です。
不採択の原因はよくある不採択理由、採択率の推移は採択率の推移で詳しく扱っています。
出典・参考情報
最終更新日: 2026年9月11日。制度の内容・スケジュールは変更される場合があります。必ず各公式サイトで最新情報を確認してください。本記事は採択や補助額を保証するものではありません。